まっつのブログって名前、氾濫しすぎだろ!

いまだ「男の子」を抜け出せない大学生のブログ。

「幸せになること」をゴールにするな

今日、友人と遊んだ。お互いの好きになりやすいタイプや自己分析などをひとしきりした後、「幸せにはなれないね〜」「もう諦めてるんで〜」などと言葉を交わした。ここでふと思った。

 

「幸せになるために行動を起こすのって何から何までいいことづくめか?そんなんじゃないんじゃないか??」

 

何かをすることで、結果的に幸せになる。これならわかる。しかし、最初から「幸せになる」ことを目的として行動した場合、その経緯は不本意なものになりはしないか?新しい発見を得ないまま過ごすことになりはしないか?それが気がかりだ。

 

瑣末な例になるが、たとえば僕はここ一年ほど、友人とご飯に行く際、日程の調整やお店選びなどを任されることが増えた。もっとも、頼まれていないことまで引き受けている感も否めないので、僕のしていることは単なるお節介かもしれないが、とにかくそういう役回りになることが多い。正直面倒で、やりたくない仕事である。嫌いな食べ物も行きたくない所も特にない私は、ご飯に関しては本当に"なんでもいい"と言い切れるタイプの人間だ。日にちさえ合えば、全権を他人に委ねてもなんら不都合が発生しない。そんな中、人の予定やアレルギーの出る食品を聞いて回るのは骨が折れる。ただその甲斐あってか、近頃は友人そのものが増えたように感じる。結果的に幸せになった例だ。

ここで幸せを目的、すなわちゴールにあらかじめ設定したらどうか。まず予定など立てないし、自分から人に会うこともほぼしないだろう。それで自分は幸せだからだ。ただ、周りの人が不愉快になる可能性は高まる。自らの幸せをゴールに据えた結果、こうしたことが起こることはあり得る。

 

明るい所へ続く道が 明るいとは限らないんだ

 

と言い放った誰かさんを思い出す。幸せをゴールにしない方がいい。そこに向かって歩いても、その道は幸せなんかじゃない。